1白川郷埋没帰雲城調査会公式ホームページ
白川郷埋没帰雲城調査会の活動目的
白川郷埋没帰雲城調査会 野田事務局長から挨拶
岐阜県大野郡白川村保木脇(地区)にあったとされる帰雲(かえりくも)城を
専門に調査する団体、白川郷埋没帰雲城調査会では「白川郷埋没帰雲城調査会
公式ホームページ」を開設して(以後、帰雲城調査会、調査会、本会、会と
記す)活動の様子や行事を紹介します。2016年平成28年5月4日開設、記
1、白川郷埋没帰雲城調査会とは?
白川郷埋没帰雲城調査会は、天正13年11月29日(1586年1月18日)天正
大地震により埋没した内嶋(うちがしま)氏理の居城、現在も埋っている帰雲
(かえりくも)城の場所や遺構を発見する為に、白川村において年1回の現地
調査と総会、会合(学術調査研究発表)、宿泊を行っている団体です
2、帰雲城を調査する団体が発足したきっかけ
帰雲城(黄金伝説)ブームがあり、1985年昭和60年10月27日(日)、
岐阜県大野郡白川村平瀬で「帰雲(かえりくも)400年・白川フォーラム」
(主催;白川村・白川村教育委員会)が開催されました。
それから、帰雲城を専門に調査する団体を作ろうということで1年後の
1986年(昭和61年)11月1日に「ひだ白川帰雲城を考える会(黒沢
代表)」を発足しました。メディアから響きのよい名称をと要望で会員は
その間々で1993年(平成5年)4月「白川郷埋没帰雲城調査会(黒沢
会長)」に改称しました。
現在、帰雲城調査会(安達正雄顧問)では会員(26名)が、帰雲城のあった白川村において毎年行事を
開催し1年に1回5月頃に、①毎年現地調査を実施し、②総会を開催して、③学術歴史研究を行い対談して
情報交換して、④白川村で宿泊して帰雲城の夢やロマンを語り追い求め、活動を行っています。
帰雲城調査会 野田事務局(2018 H30 05 04撮影)帰雲城埋没推測地を見る
現在、帰雲城調査会の会員が開設している「帰雲城の現地調査と
資料研究HP」内に、「白川郷埋没帰雲城調査会公式HP」を
本会野田秀佳(岐阜県各務原市)事務局(兼広報)が公式HPを担当
掲載し間借りして開設させていただいております。
氏名等の掲載に関して
本会公式HP内で取り上げる本会会員氏名や関係氏名、聞き取り
調査した方の氏名や関連する氏名等(例;岐阜一郎さん)について、
個人情報の観点からここでは、苗字のみ(例;岐阜さん)、イニ
シャル(例;G・Iさん)、名の方をイニシャル(例;岐阜・Iさん)
にして紹介しているヶ所もありますことをご理解ください。
現地調査の範囲について
白川村保木脇地区の範囲について、弓ケ洞谷という谷から荒谷という谷の
南方までが保木脇地区の範囲になりますすが、地震を含む自然災害により
保木脇に到達した土石の範囲は凡そシッタカ谷から弓ケ洞谷の範囲に
なることから、本会の(保木脇)現地調査ではシッタカ谷から弓ケ洞谷
までの範囲を(保木脇)「現地調査」と呼んでいます。