3白川郷埋没帰雲城調査会公式HP 帰雲城研究調査の現状

 本会事務局から会員の皆さんへ、帰雲城研究と現地調査の現状をお知らせします。(2016 05 06 記)

 

 1.帰雲城研究の現状

 天正13年11月29日(1586年1月18日)に天正大地震により帰雲
城が埋没してから、2016年(平成28年)で430年が経過しました。
 そして、2016年(平成28年)11月1日に、会が発足して30周年を
迎えることができました。帰雲城研究者や諸先輩方が30年に渡り集められ
てきた帰雲城資料はようやく約1500枚になり、これでほぼ全ての帰雲城
史料、資料が集まりました。また、長年現地調査した結果情報や、聞取り
証言、古地図情報、地図情報、空中(航空)写真、位置情報、地形情報(3
D)を含めたありとあらゆる「帰雲城に関する多種情報」が揃いました。

 2017年現在、帰雲城調査会では「帰雲城に関する多種情報」を読み解

き、帰雲城の真相部分に迫る分析や検証、「証拠や根拠」の研究テーマを挙げ

裏付け調査をする段階にようやくなったばかりです。

 「帰雲城は何処にあった(埋っている)のか?」帰雲城の場所の謎は、

もはや夢物語ではなく、学術的に証拠や根拠を保木脇での現地調査を実施

して裏付けする段階に差しかかりました。


 2.帰雲城現地調査の現状

 会発足30周年を目前にした2016年(平成28年)より、帰雲城の位置に
繋がる山裾の水場跡(水場、水源地跡、水源地、谷水跡、谷水)の調査を始め
ました。帰雲城主、内嶋(うちがしま)氏はどの水場を使っていたのでしょうか。
 2017年(平成29年)も引き続き庄川川原の水場の調査を実施して、帰雲
城の位置に繋がる「証拠や根拠」のうち、裏付調査をして根拠となる的を射た
現地調査を実施します。


 3.会発足30周年記念完成(2016 11 01 UP)

 今まで帰雲城調査会で集めてきた資料等は全部ではないですがほぼ全ての帰雲

城に関する資料の情報が集まったので、要点を『ひだ白川・帰雲城を考える会

 白川郷埋没帰雲城調査会 発足30周年記念誌』(208ページ、別紙2枚あり)

にして2016年11月1日発行、会員の皆さんへ配布しましたのでお知らせ

します。記念誌の目次は下記。

『ひだ白川・帰雲城を考える会 白川郷埋没帰雲城調査会 発足30周年記念誌』もくじ

1.「ひだ白川・帰雲城を考える会 白川郷埋没帰雲城調査会30年のあゆみ」・・ 1

2.『帰雲城と内嶋氏に関する年表1A 2012年度版』・・・・・・・・・ 10

3.『帰雲城に関する書誌 昭和平成年表 1―D 2013年度版』・・・・・ 74

4.『記録などから察する帰雲城現地調査の実像2013』・・・・・・・・・・  99

5.「年号西暦表」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 191

6.『帰雲城の山城の位置と屋形の位置について』・・・・・・・・・・・・ 196

構成編集 白川郷埋没帰雲城調査会事務局.2016年11月1日発行.


4.保木脇水源地調査全区画終了(2025 02 21 UP)

 調査会では2016年から保木脇地区の主だった場所を区画分けして帰雲城の

飲み水となる生活用水の水源地は何処にあるのか現地調査を実施してきて(途中、

コロナ渦中止も含め)2024年令和6年5月4日の調査を終え、1区画目から

4区画目まで全区画の水場等有無確認調査を完了しました。今回の調査で水源地

は計12ヶ所を確認しました。このなかで、「水場1」、「水場2」、「水場

10」の計3ヶ所が帰雲城のあった候補地説として挙げられ、今後3ヶ所の水量

は多かったのか調査と研究をしていきますので会員の皆さんに報告いたします。


5.保木脇に押し寄せた岩石の大きさの調査(2026 03 12 UP)

 本会は、自然災害で保木脇に押し寄せた土砂(岩石)の大きな岩のある場所を

今まで3ヶ所程度確認しており、大きな岩のある場所記入、大きさ直径、岩質と

文献が述べている通り基本となる裏取り調査を2025年5月4日(日)から

開始します。調査順路は、田口プラントから(国道寄り側を)北方へ道なき起伏

地形を歩き縦断して53鉄塔南まで地表面(地面)の①岩(角礫、流紋岩)の

散乱状況と②岩大小を確認する調査を実施します。その際、凹凸の起伏地形を

登り下りして崩壊堆積物地表は③平らでないことも体験確認したいと思います

ので会員の皆さんにお知らせします。