7-1帰雲城調査会公式HP帰雲城の黄金伝説
ここでは、帰雲城の黄金伝説に関して紹介します。
まずは、2002年頃白川村牧地区の「みぼろ山荘」宿泊時<本会NK会員らが所有する山荘(別荘)を
調査会で無料にて使ってもOKということで>会員方と利用させて頂いた時は必ず現地調査を実施して、持ち
寄った食材で夕食が終わり帰雲城の話題のなかで<みぼろ山荘では帰雲城のロマンを皆さんらがいつも熱く
語っている>「野田会員:帰雲城の資料を真面目に調べているので黄金なんて不愉快で興味ないです」、
「TK幹事:帰雲城の宣伝になるなら黄金の話しも良いんじゃないかなー」と、先輩のお話を聞いて後日しば
らくしてからわたしは黄金伝説を否定するのではなく、すんなり受け入れることにしたのでした。<以後、
帰雲城の黄金伝説の記録までもを真面目に(論理的に証拠や根拠を)調べ、検討し紐解いていくのです>
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<今まで報道された帰雲城の黄金伝説の額を「真面目に」ようやくリスト化したのは2008年平成20年
6月3日で、以後2009年平成21年8月6日追記、以後、2015年3月追記、2025年3月追記した
のを2026年令和8年に再構成した(ここ数年の黄金の額は入っていない)のを紹介します>
13「報道された帰雲城の黄金の額」
2026年令和8年7月16日再構成
まずは、佐々克明著『まぼろしの帰雲城・帰雲城大崩壊』の(ノンフィクション現実の出来事)小説に
書いてあった、「5000億とも2兆円とも」いわれる黄金伝説が注目を集めました。
金を否定するのではなく「真面目に仮説検証」して仮に砂金採取した場合の妥当な金額を、聞いた人の話
からここに書きます。
報道された帰雲城の黄金の金額
2008年平成20年6月3日記
1、帰雲城の埋没金について、書籍・テレビ放送等で発表された金額を調べてみた。
1970年(昭和45年)飛騨春秋6月号、森本一雄「帰雲城址埋宝伝説について」P22~26掲載。
26ページ文中、「大阪日日や内外タイムスの伝える埋蔵金四、五00億の天文学的数字の出所など詮索
するまでもない。アッと驚く為五郎である。」
1972年(昭和47年)7月28日、JOTX―TV 名古屋テレビ PM2:00~3:00奥さん!
2時です「黄金5千億飛騨山中を掘る」テレビ放送。(放送内容は今となっては確認できないため、金額の
根拠は不明)
1972年(昭和47年)月刊誌宝石9月号「黄金の夢に魅せられた男たちの内 帰雲城数千億円の黄金に
挑む松古孝三の情熱あり」掲載。
1972年(昭和47年)11月26日、岐阜日日新聞記事「濃飛民話の旅 帰雲城」文中、「五千億と
いう埋蔵金については、金の生産地であったことは事実だが、そのころは原始的な精金技術しかなかったと
いう理由で大多数の郷土史家が否定的。」
1981年(昭和56年)9月14日、朝日新聞記事伝えばなしのふるさと「夢を呼ぶ黄金伝説」文中、
「五億とも五千億とも。この埋蔵金、今のお金にすると、五億とも五千億ともいう。」
1985年(昭和60年)9月10日発行「帰雲城燃ゆ」生駒忠一郎著、八重岳書房、文中に、「500
0億から3兆円」とあり。
1985年(昭和60年)11月佐々克明著『帰雲城大崩壊』発行 書苑。P205「内ヶ嶋の埋没金、
五千億円」。文中から、「内ヶ嶋の埋没金は、五千億円とも二兆円ともいわれる。数字に確固とした根拠が
ないことはいうまでもない。推定される内ヶ嶋氏一二〇年間の産金量を概算したうえでの試算であろう。松古
さん、市村成信さんはじめ、保木脇の古老・大野富太さんらのいいつたえなどによる数字でもある。」
1986年(昭和61年)5月20日、朝日新聞記事「飛騨白川郷のポンペイ伝説」文中、「埋没した貴
金属は時価にして三千億とも三兆円ともとの推測が出て、」
1986年(昭和61年)11月 城、森本一雄「まぼろしの古城 帰雲城伝説」P22~25掲載。25
ページ文中、「大阪日日・OOタイムスいずれもローカル紙である。白川帰雲城の埋蔵金伝説をかかげて
埋蔵量五00億とある」
1991年(平成3年)8月7日毎日テレビ放送、地球発19時「帰雲城の埋没金時価2兆円(?)」
放送60分。
1992年(平成4年)飛騨春秋2月号、池之端甚衛「真説 帰雲城」P2~7掲載。7ページ文中、
「天正大地震で帰雲城が埋没した際に、城内には五000億円とも一兆円とも言われる黄金が埋蔵されていた
などとはとても裏付け出来ません。」
1993年(平成5年)5月4日CBCテレビ放送、名古屋発新そこが知りたい「中部の財宝」放送6
0分。インタビュー、「生駒:数千億から三兆円」
1993年(平成5年)5月30日、中日新聞記事「現地調査新発見得られず」文中、「故・佐々克明氏が
つづったまぼろしの帰雲城は昭和四十七年に発行され内ヶ嶋の埋没金は五千億とも二兆円ともいわれると記し
て全国的な話題を呼んだ。」
1994年(平成6年)3月26日中京テレビ放送、体感ワンダフル日本「金」放送30分。解説語り:
帰雲城の埋蔵金5千億とも2兆円とも。
1994年(平成6年)10月2日、週刊読売 インディ記者が追う「帰雲城の財宝1」一瞬にして幻と
化した城と金銀P38~41掲載。40ページの見出し「時価5千億円の黄金が眠る!?」(文中に金額の
根拠は書いていない)
1994年(平成6年)10月9日、週刊読売 インディ記者が追う「帰雲城の財宝2」P38~41
掲載。39ページの見出し「金銀5千億に魅せられた旦那の情熱」(文中に金額の根拠は書いていない)
1994年(平成6年)10月16日、週刊読売 インディ記者が追う「帰雲城の財宝3」P38~41
掲載。39ページの見出し「最盛期には2兆円の金銀を蓄えた城主」(文中に金額の根拠は書いていない)
1994年(平成6年)10月23日、週刊読売 インディ記者が追う「帰雲城の財宝4」P38~41
掲載。39ページの見出し「マグニチュード8.1の地震で消えた黄金百万両」(文中に金額の根拠は書いて
いない)
1998年(平成10年)飛騨春秋3月号、内島俊雄「内ヶ島氏と帰雲城」P26~37掲載。31ページ
文中、「そこで産出した金は、今も、岩屑流の地下深くに眠っているはずである。その額は、無責任な書に
は、五千億から一兆とも、あるいは二兆円とも書かれている。が、これは言い過ぎで常識からして有り得ない
数字である。一兆、二兆と言えば、重量で優に千トンを越える。日本で、太古から現代までに産出された金の
総量は、千五十トンであるとする、専門家による信憑性の高い推定がある。」
帰雲城の埋没金額表記回数
黄金百万両(1回)、5億円(1回)、500億円(2回)、3000億円(1回)、5000億円(1
0回)、1兆円(2回)、2兆円(5回)、3兆円(2回)、83兆円(1回、書籍名確認中)。どうも5
000億と2兆円の扱いが多いことがわかる。これは、佐々克明著の『帰雲城大崩壊』で取り上げられた
「5000億とも2兆円とも」というのが、一般になったのであろう。
2、テレビ番組で、小判や金に関する金額が述べられていたので紹介する。
2,1)金600kg18億円。1kg300万円。100g30万円。
2,2)2009年(平成21年)7月23日(木)テレビ朝日、スーパーモーニング内、真相追跡!
レジェンドハンター⑥レポーター井口成人、「東洋一の黄金郷エルドラド伝説」AM9:27~放送。北海道
紋別市、鴻之舞(こうのまい)鉱山(金山)。1915年(大正4年)金鉱が発見された。57年間で72、
6tの金を採った。1936年(昭和11年)金の年間生産量2322kgをこえた。
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<↓ここからは、あくまで仮定の話しなので(事実ではないので)間違わないようにしてください>
3、内嶋氏120年間の砂金の産出額を、聞いた人の話をここに書きます。内嶋氏が仮に7ヶ所から砂金を
採取していたと<内嶋氏は金山開発の記録はなし、砂金採取の記録はなしですが、否定するのではなく、
真面目に考えてみました>「仮定してして」産出。(①天生金山・②落部金山・③岩瀬金山・④上滝金山・
⑤六厩金山・⑥片野金山・⑦森茂金山と「仮定して」)
1年の稼動率6ヶ月(180日)、「7カ所で1日の産出金g(?万円)×180日×120年間=?億円」で、
算出できます。(1日に片手一杯の砂金が採れたとして、重量がどれだけか不明である)
<<<2025年3月現在、砂金の価格1g約15,000円と仮定した場合です。22k? 24k?>>>
1日20g(30万円)×180日×120年=64億8000万円。(120年間で約432Kg仮定)
1日の産金量、 20g(7カ所の砂金採りで)30万円(仮定)
1ヶ月の産出量、(30日) 600g。 900万円(仮定)
1年の産出量、(実稼働は6ケ月です) 3、6Kg。 5400万円(仮定)
120年間の産出量、 432Kg。 64億8000万円(仮定)
<↑上記はあくまで仮定の話で事実に有らず。上記重量金額の誤差はないか確認してください>
3,1)聞いた人の話の結果、120年間で約64億円と(仮定するの)が妥当な数字と思われるそうだ。
ところで、そもそも金山採掘(穴掘り)において20~30年で枯渇するらしいです。であれば砂金採取も
120年間ずーっと安定して金が採取できることはもちろん難しいことでしょう。(中略)もし帰雲城に
金があったと(仮定)するならば、それは埋蔵金ではなく、天正の大地震で埋没したのですから、「埋没金」
伝説になります。
上記、(あくまで仮定した計算は)産金量で帰雲城主内嶋氏はとても裕福な武将ではなかったようですね。
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帰雲城の黄金伝説はやはり「帰雲城のロマン」として残しておいた方が良いのではないでしょうか。
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