「かえりくも」という地名や山名は計5つあります。出典や他はなかり割愛して記します。
①、「皈雲(かえりくも)山」1897、3m、白川村保木脇字弓ケ洞。田口プラント西の山(1402m)から更に西にあるのが皈雲山。三方崩山(2058m)の北の尾根上に皈雲山はある。江戸時代が終わ
り高山県時代の役所がドタバタしていた頃に作成した明治4年頃から、明治13年(1880年)1/20万
地図、明治18年(1885年)地図、大正14年(1925年)1/32万地図、他の地図等計5~6枚に
この「皈雲」は登場しているが、「皈雲」の字が使われたのはこの頃だけである。
②、「返り雲(かえりくも)山」白川村保木脇字返り雲山。田口プラント西の山で本会が仮称「帰雲台地
1402m」と呼んでいる山。古地図6枚程度には、「歸雲山」、「帰雲山」、「帰り雲山」と記して
ある。地元の方にこの山の名を聞くと「知らない」ということだった。<帰り雲山内古地図1枚あり総集
編№440>
③、「帰雲(かえりくも)川原」白川村保木脇字帰雲川原。上段と呼んでいる田口プラントから北にあ
る。古地図4枚程度に「帰雲川原」と記してある。<現在、帰雲城趾のある場所。岐阜県が帰雲川原城跡
遺跡登録した場所>
④、「帰雲(かえりくも)」白川村木谷字帰雲。帰雲山1622mの西中腹崩落面の場所の小字名は、
字帰雲である。
⑤、「帰雲(かえりくも)山1622m」白川村木谷。昭和28年(1953年)1/5万地図「白川村」に
帰雲山1622mの山名はまだ登場してない。帰雲山1622mの山名が登場するのは、昭和43年(19
68年)1/5万地図「白川村」に帰雲山が登場し、昭和46年(1971年)10月発行1/5万地図「白川村」に
帰雲山が登場するわけで、昭和43年(1968年)より以前は山名はなく、あえて言えば無名山であった。
と、「かえりくも」という地名や山名は計5つあります。