本当の帰雲山は

2026年07月29日 02:23

2026年7月28日(火)、活動の中で人物の繋がりや関わりを把握できるよう「登場人物の紹介」

を資料等や、考える会会報を読んでPCに打ち込んでいると、「えっ」本当の帰雲山の位置?平成4年

(1992年)9月13日発行、白川郷・帰雲城を考える会会報№14の6ページに「幻の城、帰雲城を

求めて"」SK会員記があり内容は、「白川村のM寺和尚曰く「みんなが帰雲山<1622m>といって

いる保木脇<正しくは木谷地区>の崩れた山<中腹崩落面>は帰雲山ではない」<←こういう証言はとて

も重要であるのを見逃していた>と話の中に聞くことが出来2人は顔を見合わせた。他にも帰雲山と呼ぶ

山があるんだ。(中略)以上、私の蔵書するコピーと図面から帰雲山の位置を調べた。大正時代は帰雲山

は庄川左岸<保木脇>に<あり>、それ以後の地図(現在も)には<庄川>右岸に帰雲山<1622m

木谷地区>があるように記入されている」と、いう内容でした。考える会の1992年にSK会員

<幹事>は庄川の右岸や左岸を問わず、もう帰雲山の古地図や地図を沢山集め本当の帰雲山の疑問を研究

していたとは。