1保木脇図について

ここでは、保木脇と周辺図から現地調査時や、場所を示すため普段使っている地名と呼び名を紹介します。


1「保木脇と周辺図」
帰雲城趾碑 → まずは白川村保木脇地区にある「帰雲城趾碑」は、現地調査する際の集合場所に利用しています
公衆トイレ跡 → 次に保木脇「公衆トイレ跡」に駐車して、ここから現地調査に向かうことが多いです
田口プラント → 保木脇では目印になる建物などがないため、「田口プラント」(骨材プラント)の南とか、北とかで位置を説明しています。
庄川西左岸 → 庄川という川の西に保木脇地区があるので、「左岸」と呼んだりします。平瀬地区から北が、保木脇地区→野谷地区になります。
庄川東右岸 → 庄川という川の東を「右岸」と呼んだりします。保木脇の対岸は「木谷地区」で、木谷地区の北が「大牧地区」になります。
シツタカ谷 → 現地調査では「シツタカ谷」までを調査しています。
弓ケ洞谷 → 現地調査では、「弓ケ洞谷」という谷の北辺りがキーワードになります
道の駅飛騨白山 → 白川郷に向かうとまず「道の駅飛騨白山」でトイレ休憩してから、保木脇に向かっています。


2「保木脇の写真」
帰雲城趾碑 → 写真右(北方向)に「帰雲城趾碑」があります。
弓ケ洞谷 → 写真中央が「弓ケ洞谷」です。



3「保木脇と周辺白黒図」
弓ケ洞谷下流旧3番目谷筋跡 → 57鉄塔と56鉄塔の間の黒い線が「弓ケ洞谷下流旧3番目谷筋跡」で重要なポイントになります
高圧送電線鉄塔番号 → 田口プラント南にある「56鉄塔」がキーワードになります
通称カエル池 → 大字保木脇小字「堂ノ上」の「通称カエル池」と呼ばれる一帯がキーワードです
高圧送電線鉄塔番号 → 田口プラント北の方にある「53鉄塔」もキーワードになります。
通称皈雲台地1402m → 保木脇の「通称皈雲台地」の東斜面がキーワードになります。
白山神社 → 保木脇の「白山神社3」北の盛り上がった場所がキーワードになります。
屋ヶ平山 →右岸、「屋ヶ平山」の西斜面がキーワードになります。
天正大地震で崩れた場所3ヶ所 → 右岸、「①カニ澤崩れ」、「②庄川帰雲崩れ」、「③池ノ谷崩れ」がキーワードになります
右岸風穴 → 右岸、大牧地区の「①カニ澤崩れ」下の黄印が「風穴」のある場所で、キーワードになります
保木脇地区と平瀬地区の境界 → 弓ケ洞谷南の黒い線が昔の境界だと云われ、キーワードになります
保木脇地区の上段部分と下段部分 → 保木脇地区の国道156号線の西が「上段」と呼ばれる少し高い場所でキーワードになります。保木脇国道156号線の東が「下段」と呼ばれる低い場所となります(帰雲城趾碑のある場所)
庄川の上流と下流 → 庄川という川は南から北の富山県側へ流れています。なので庄川の「上流」側は、白川村や御母衣ダム方面となります。庄川の「下流」側は、富山県方面となります。
左岸保木脇の土質と右岸木谷の土質 → 左岸保木脇の土質は、「(白川)花崗岩(類)」です右岸木谷の土質は、「濃飛流紋岩(類)」で重要なポイントとなります
昭和60(1985)年6月の試掘(トレンチ)調査場所 → 保木脇国道156号線西の上段部分の田口プラント北の緑印が
「トレンチ1」の場所でした。帰雲城趾碑北の緑印が下段部分の「トレンチ2」の場所でした。