保木脇上段低地の標高計測


ここでは、保木脇上段面おう地(凹、低地)の標高計測調査した結果と、保木脇上段面
の各場所の約500年前の標高数値を紹介します。

 保木脇上段の約500年前の標高を推測する(デジタル気圧(計)高度計計測編)
                                                      2014 H26 04 17
 1.はじめに
 
岐阜県大野郡白川村保木脇の上段にある田口プラント北一帯を歩いてみると緩やかな斜面の地形ではなく、小山が幾つもあったり、おう地(凹、低地)が何ヶ所もある起伏の地形が存在しているので、上段面おう地(凹、低地)の標高計測調査をして、保木脇上段面の各場所の約500年前の標高を調べてみた。

 2014 H26 04 16AM9:00ごろ、田口プラント西南にある593mの場所でデジタル気圧(計)高度計の数値を確認してから計測を開始した。今回は、上段に何箇所かあるおう地(凹、低地)の底の標高を知りたく計測をする。林道を北に歩き、林道左斜面に水が流れている場所を2ヶ所確認して、道に水が流れている場所が1ヶ所の計3ヶ所があった。

 1図 大岩と53鉄塔
 1図は、田口プラントから林道を北に進むと林道右に大岩があり、右手に53鉄塔がある場所で、草が茂る前の4月なので、この写真からも地形の確認しやすいのが分かると思う。

 各場所の標高も計測しながら移動して、おう地(凹、低地)底の標高を計測する。


 2図 54鉄塔付近の低地
 この2図は、2つの堆積土砂が重なり合う境目がはっきり分かったので写した。写真奥が東で右岸になる。

 上段田口プラント北一帯の標高計測して、次に通称カエル池一帯の計測をした。車で移動して帰雲城趾碑前に止めて、川原に出て庄川の標高を計測しながら、南へ歩く。


 3図 帰雲城趾碑東斜面の多数の大岩
 この写真では、岩は小さく見えるが直径1m以上ある大岩である。

 高度を計測しながら川原を南下していると右手斜面(帰雲城趾碑のある斜面、下段面)の高さは約30mくらいあるではないか。川原から下段面の高低差に驚いた。それとなぜかこの斜面に大岩が20~30個あるのが不思議だった。通過したところで、念のため大岩を写した。庄川の計測を終え、国道156号線に出て標高計測を行いながら北上する。車のところまで戻り、12:50計測終了した。昼食。


 4図 保木脇上段5ヶ所のおう地図
 4図保木脇上段5ヶ所のおう地図では、平成25年(2013)4月26日に田口プラント北一帯の地形目視調査を実施した際に、何箇所かのおう地(凹、低地)があったので、これらの場所を5000分の1地図に記した。そして平成26(2014)4月16日に、これら何箇所かのおう地(凹、低地)の計測調査した標高を記した図である。

 2.標高を求めるにあたって何を基準にするか?
 
保木脇上段の起伏のある地形の場所に限り、5000分の1地図とカシミール3Dの標高は捉えきれていないので、当てすることはできない。これ以外の場所の標高は問題ないので、庄川の海抜を基準とするべくカシミール3Dの標高数値を使用し、庄川の標高数値を参照して下記の3項を基準とした。

 3.旧荘川村海上地区、旧荘川村中野地区の河成段丘の上段と下段標高研究結果
 
「上段と下段の高低差は約20m±4m」で、「下段と庄川の高低差は約5m」であった。今回は、河成段丘の上段から庄川までの高低差を知りたいので両方を足して、約25 m±4mとなる。この数値を保木脇に形成された河成段丘に当てはめることは正確と言えないが、上段から庄川までの高低差「約25 m±4mを推測における参考数値として使用した。詳細な研究資料は、『保木脇の約500年前の標高について』を参照されたい。

 4.保木脇の上段面各場所の約500年前の標高結果
              
デジタル高         庄川+約25m±4m=   庄川カシミ   約500年前
                   度計標高         500年前の標高は        ール3D           の地表は
1 おう地    DK623m誤差あり      584m±4m         3D559m      39m下
2 おう地     DK620m誤差あり        585m±4m          3D560m         35m下
3 おう地    DK615m誤差あり        586m±4m          3D561m         29m下
4 おう地    DK608m誤差あり        587m±4m          3D562m         21m下
5 おう地     DK592m誤差あり        588m±4m          3D563m           4m下
田口プラント西南西 K593m 標高計測基準数値
6 カエル池北  DK606m誤差あり      591m±4m          3D566m        15m下
7 カエル池     DK602m誤差あり      592m±4m          3D567m         10m下
8 カエル池南  DK604m誤差あり      592m±4m          3D567m        12m下
 4図にある8ヶ所の標高計測した数値が上である。1~5と6、7、8の庄川の高度を基準に「約25 m±4m」を当てはめたのが上記の数値である。5のおう地(凹、低地)から約4m下が約500年前の地表ではないかと推測される。
 数値は何を参照したか示すため、デジタル気圧(計)高度計使用を「DK何m」とし、カシミール3D標高数値使用を「3D何m」とし、5000分の1地図数値使用を「K何m」と記した。基準高度は、5000分の1地図の田口プラント西南西に「593」mとあることから、ここを標高計測基準地「593m」の数値を確認してから計測を始めた。

 5. デジタル気圧(計)高度計の誤差について
 
今回計測に使ったデジタル気圧(計)高度計は、気圧の変化を高度(標高)数値にするもので、誤差は否めない製品だということを重々理解している必要がある。実際に計測した40ヶ所以上の地点のなかで誤差を紹介する。
 55鉄塔と54鉄塔の間の小山頂上は、デジタル高度計計測は「633m」であった。5000分の1地図に「622」mと記してあることから、誤差11mであった。53鉄塔から北西の頂上部は、デジタル高度計計測は「657m」であった。5000分の1地図に「651」mと記してあることから誤差6mであった。実際の数値よりデジタル高度計は高め(プラス値)に表示しており、デジタル気圧(計)高度計の最大誤差11mの計測地点があった。

 6.測定や測量による上段面の標高数値(記入前)
 
上段面の各場所の高度を正確に計測する必要があるため、GPS測定か、測量により正確な標高数値が示されるよう、下に枠を設け記入数値を?とする。(今後の標高計測で正確な数値を当てはめていただきたい)
        標高           庄川+約25m±4m=     庄川計測   約500年前
       計測数値        500年前の標高は          数値         の地表は
1 おう地             ?m              ?m±4m             ?m         ?m下
2 おう地             ?m                ?m±4m              ?m           ?m下
3 おう地             ?m           ?m±4m              ?m           ?m下
4 おう地             ?m           ?m±4m              ?m           ?m下
5 おう地             ?m           ?m±4m              ?m            ?m下
田口プラント西南西 K593m 標高計測基準数値
6 カエル池北           ?m           ?m±4m              ?m            ?m下
7 カエル池              ?m            ?m±4m              ?m            ?m下
8 カエル池南          ?m            ?m±4m              ?m            ?m下

 7.上段面の参考基準数値
 
1、庄川の海抜(参考基準数値)カシミール3D標高数値を使用した。
 2、庄川と上段の高低差約25 m±4m(参考基準数値)『保木脇の約500年前の標高について』を使用した。
 3、5000分の1地図の田口プラント西南西「593」m地点表示を使用(基準数値)
 <各場所の標高について更に正確な計測必要>

 8.おわりに
 
今回計測した上段面の標高誤差は場所により5~6m、10~11mと誤差が激しいため参考数値になるべきもないが、約500年前の上段地形を推測する将来への足がかりになればと思う。そして、庄川の海抜と、上段の標高について、これら正確な数値をGPS測定→測という順番で計測されることを願いたい。 
 今年も草葉が覆い隠す新緑の芽生える前の4月に現地調査を実施したので、地形の確認がしやすかった。昨年4月の調査は地図に低地を記す作業。今回は、標高を記す作業をした。今回感じたことは、おう地(凹、低地)の深いこと深いことと恐怖さえ感じた。地図に記したおう地は5ヶ所だが、まだ他におう地(低地)があるようだ。
 天正大地震で保木脇上段に流動した土砂岩石のスピードは、現地で起伏のある地形を見た印象では、ゆっくり堆積したのではなく、土砂岩石が跳ね上がって、荒々しい流動により上段が形成されたと思うような幾つもの起伏の地形に感じ取れたのであった。

 参考文献、使用資料(ソフト、機器)
 5000分1地図保木脇、
 5000分1地図海上 昭和32年(1957)測図
 5000分1地図中野 昭和32年(1957)測図
  「カシミール3D」国土地理院発行25000数値地図を使用
  『カシミール3D入門編』2013年1月30日初版ISBN978-4-408-00830(2400円+税)
 『保木脇の約500年前の標高について』平成26年(2014)2月8日
 デジタル気圧(計)高度計