記事のアーカイブ
2026年08月11日 13:01
2026年6月下旬に「仮称3つの丸円(保木脇字返り雲山、田口プラント西の山)」の場所は急斜面ではなく、以前現地調査した時にも緩やかな斜面だったのを記憶しており、この場所をCS立体図で見ていると、「んっ?」山崩れの斜面崩壊を起こした場所ではないかと思った。つぎに、シッタカ谷下流北(保木脇字若林、以前の現地調査で緩やかな斜面だったのをよく記憶している)を見ると、「えっ」仮称3つの丸円と同じ緩やかな斜面であることに気づいたのであった。この2つの場所地形は山側の崩壊地形だと思った。 しかし、この地形には何やら妙な違和感(長年調査してきた勘)があったのでCS立体図をよ~く見ると、「あれっ」2つの場所地形
2026年07月29日 02:23
2026年7月28日(火)、活動の中で人物の繋がりや関わりを把握できるよう「登場人物の紹介」を資料等や、考える会会報を読んでPCに打ち込んでいると、「えっ」本当の帰雲山の位置?平成4年(1992年)9月13日発行、白川郷・帰雲城を考える会会報№14の6ページに「幻の城、帰雲城を求めて"」SK会員記があり内容は、「白川村のM寺和尚曰く「みんなが帰雲山<1622m>といっている保木脇<正しくは木谷地区>の崩れた山<中腹崩落面>は帰雲山ではない」<←こういう証言はとても重要であるのを見逃していた>と話の中に聞くことが出来2人は顔を見合わせた。他にも帰雲山と呼ぶ山があるんだ。(中略)以上、私の蔵書する
2026年07月15日 20:47
「かえりくも」という地名や山名は計5つあります。出典や他はなかり割愛して記します。 ①、「皈雲(かえりくも)山」1897、3m、白川村保木脇字弓ケ洞。田口プラント西の山(1402m)から更に西にあるのが皈雲山。三方崩山(2058m)の北の尾根上に皈雲山はある。江戸時代が終わり高山県時代の役所がドタバタしていた頃に作成した明治4年頃から、明治13年(1880年)1/20万地図、明治18年(1885年)地図、大正14年(1925年)1/32万地図、他の地図等計5~6枚にこの「皈雲」は登場しているが、「皈雲」の字が使われたのはこの頃だけである。 ②、「返り雲(かえりくも)山」白川村保木脇字返り雲山
2026年07月02日 14:13
本会公式HPを2016年平成28年5月4日に開設してから、あっという間に10年が経過しました。2026年5月にようやく1つの機会が訪れたので更新作業を始めました。まず1番目に「岩瀬橋の戦い」を紹介したかったのですが、事情により2番目を「1-4公式HP近年の記録紹介」にUPしたのでご覧ください。 昨日7月1日(水)、朝一白川郷に向かい御母衣ダム湖の尾神橋辺りで工事をしておりどうも58年が経った尾神橋の付け替え工事のようでした。天気は白曇り外気温約17度で長袖で涼しく、帰雲城のあった白川村で2件の事務局として用事を。開催計画の施設を下見して間取り、机、イス数を数え把握。行き帰りともに眠たかったの
2026年07月02日 14:00
本会公式HPを2016年平成28年5月4日に開設してから、あっという間に10年が経過しました。2026年5月にようやく1つの機会が訪れたので更新作業を始めました。まず1番目に「岩瀬橋の戦い」を紹介したかったのですが、事情により2番目を「1-4公式HP近年の記録紹介」UPしたのでご覧ください。
2026年05月23日 17:30
わたしは、2000年6月に帰雲城調査会の行事(会合、宿泊、現地調査)に初めて参加してから、まもなく「岐阜県図書館」で「帰雲城」に関する資料を調べ始めました。当時、調査会からもらった資料に「帰雲城埋没に関する史誌」と題して『飛州志』、『斐太後風土記』、『貝塚日記』、『飛騨鑑』、『岷江記』の記述があったことから岐阜県図書館2階で調べると『斐太後風土記』の保木脇村のページに帰雲城の名を発見した時にどえらい感動興奮したのでした。この書物は飛騨の各村の特色を紹介した現代版旅行案内パンフレットのようなもので、牧戸村のページでも帰雲城について書いてありました。 帰雲城について自分で調べて帰雲城や関連する文
2026年05月23日 14:50
2000年の6月に帰雲城調査会会員になって帰雲城の調査研究をしてあっという間に27年の歳月が経ったわけですが、まず最初に取り上げるのは帰雲城現地調査に結び付くことなので、わたしはどういう場所で過ごすのがすきなのかを紹介することにします。1980年代から1990年代によくオフロードバイクで自然の中を駆けずり回って青空の中お日様の下にいるのが自然体でした。もちろんアスファルトの上ではなく、土の大地の上に立ち日を浴びて太陽の温もりを感じて、心地よい風の流れを肌で感じている時がわたしはごく自然体で、おにぎりを食べ(小学生の時の)遠足気分でいる時間はすごく楽しい時間を過ごしました。(自然を感じ、自然と
2026年05月23日 14:39
2000年の6月に帰雲城調査会会員になって帰雲城の調査研究をしてあっという間に27年の歳月が経ったわけですが、まず最初に取り上げるのは帰雲城現地調査に結び付くことなので、わたしはどういう場所で過ごすのがすきなのかを紹介することにします。1980年代から1990年代によくオフロードバイクで自然の中を駆けずり回って青空の中お日様の下にいるのが自然体でした。もちろんアスファルトの上ではなく、土の大地の上に立ち日を浴びて太陽の温もりを感じて、心地よい風の流れを肌で感じている時がわたしはごく自然体で、おにぎりを食べ(小学生の時の)遠足気分でいる時間はすごく楽しい時間を過ごしました。(自然を感じ、自然と
2026年05月17日 12:42
テストです。
2020年06月24日 00:03
ここでは、帰雲城調査会野田会員(有志会員)の活動記録や予定を紹介してゆきたいと思います。位置情報に関してどの場所になるのか説明していないところはお許しくださいませ。6月20日(土)、帰雲城のあった保木脇地区の庄川(という川)右岸の木谷地区川原ににおかしな地形の台地があるので、H氏に案内していただいて調査をしました。6月21日(日)、保木脇のシッタカ谷南方53鉄塔一帯を調査。昼から、弓ヶ洞谷北の「3つの丸円」と呼んでいる中腹場所を調査しました。
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